友人のリクエストもあり、普段とは趣の異なる場所を訪れてきました!
さて前回記した通り、先週末は小学校来の友人と泊りがけで秩父界隈へ。そして初日に神流川流域で見かけた矢納発電所跡が良い雰囲気だったので、2日目もどこか廃墟に行ってみないか、という友人の発案が。
samayoicyarinko.hatenablog.com(初日の模様はこちらでまとめてます~)
もともと帰りは県道53号線を使って青梅まで向かう予定だったので、その付近に何か廃墟はないものか、と調べてみれば、県道73号線から鳥首峠に至るハイキングコース沿いに白岩集落という廃村がある模様。
と、いうわけで2日目は、山歩きがてら白岩集落まで行ってみることにしました!
(武甲山とセメント工場をバックに、今日はここから走り始めです。秩父市内から正丸トンネルまでは国道299号を、トンネルの手前で右折してからは県道53号を進みます)
(そして飯能市ふるさと会館前の交差点を右折、県道73号線に入ってひたすらに山道を登り続けると、2015年に閉山した武蔵白岩鉱山、JFEミネラル武蔵野鉱業所の跡地があります)
(ちなみに白岩集落は、このおそらくは地名の由来になったであろう石灰岩がむきだしとなった断崖付近にありました。この場所までは、ハイキングコースを山登りすることとなります)
(工場跡の横手にハイキングコースの入口が)
(ハイキングコースのすぐ隣には、白岩集落の歴史を記した案内板もありました。どうやら集落が廃村となったのは昭和60(1985)年頃のようです)
(かつては生活道であったであろうこの木橋も、老朽化により通行止めとなっています ※現在は付近の沢に回り道が作られており、そこから先に進みことができました)
(集落までの道のりはそれなりに勾配のあるハイキングコースとなっており、一見すると普通の山道のようです。けれどもところどころに残された消火栓や電信柱が、この地に人が住んでいたことを偲ばせます)
そして山道を登り続けること30分余り、ついに集落跡と思しき開けた場所にたどり着きました。これが恐らく白岩集落跡に違いないと、お邪魔させてもらって集落内を見てまわることに。
(まず最初に目についたのは、風雨にさらされて完全に倒壊した住居跡)
(かつての生活道を通って先へ進むと、さらにいくつかの住居がありました)
(こちらの住居の縁側には、すっかり錆び付いた子供用の玩具が残されています)
(そして玩具の傍らには、1985年7月7日付のスポーツ新聞が。私にとっては生まれる前、歴史上の出来事に等しい豊田商事事件の報道が歳月の流れを感じさせます)
(この玩具が残る住宅も、裏面はこの通り土壁がボロボロに崩れてしまっています。近い将来、最初の住宅跡の様に倒壊してしまうかもしれませんね)
(荒らされてしまったのか、付近には結構な数の家電が散乱しています。そのいずれもが結構な年代品で、とくに脱水のためのハンドルがついている洗濯機なんて、現物は初めて見たように思います)
(地すべりでもあったのか、土砂が流れ込んでしまっている住居跡も)
(かつてはこのブランコで遊ぶような子供が暮らしていたと思うと、何だか不思議な感じがします)
集落跡には廃墟特有の空気感があり、物寂しくと明るさが同居するような不思議な感覚がしましたね。なのでその雰囲気に浸りつつもっとあちこち巡りたいところでしたが、山中で日が傾くとよろしくないので早々に山を下り、その後はひたすら53号線に沿って青梅方面へ。
(途中、53号線沿いにあるターニップというお店でお昼休憩を。こちらのお店は青梅~秩父間を走る自転車乗りの良い休憩スポットとなっているようで、私たち以外にも多くの自転車乗りが訪れていました。割合にリーズナブルなのにボリューム感もあってとても良いお店でした! 私は鶏の香草焼きを食べましたが、パリッとしていてとても美味しかったです!!)
retty.me(他の方の口コミを見ても良い評価ばかりですが、実際良い店だと思います~)
この後小沢峠でバテたりしつつも、どうにか16時前に青梅に到着して今回の遠出は終了となりました! こうして2018年も始まりましたが、この遠出を皮切りに今年もあちこち訪れていきたいと思います!!