引き続き、猪苗代周辺を散策した模様を紹介していきたいと思います~
samayoicyarinko.hatenablog.com(前半の様子はこちらでまとめました!)
さて五色沼周辺を一通り周った後、体力に余裕があったのでヒルクライムに挑戦しようと県道64号線(磐梯山ゴールドライン)に向かってみました。
磐梯山ゴールドラインは元々は有料道路だったものが、2013年から無料開放された区間です。裏磐梯~磐梯町の約20km余りを結んでおり、そのうち私は桧原湖側から走ったわけですが、こちらの方が登り坂がゆるやかで、楽に走ることができて良かったです(^ ^)
(磐梯山ゴールドラインは五色沼周辺より標高が高いためか、紅葉がより進みそろそろ終わりを迎えつつありました。ちなみに道路の一部区間が猫魔スキー場のゲレンデ内となるため、もう少しすれば、道路は全面通行止めになるとの由)
(裏磐梯側にある「黄金平」では、大噴火によって吹き飛んでしまった小磐梯を望むことができます。かつては赤線部より上に小磐梯と呼ばれる峰がありましたが、1888年の噴火で約14億5千万㎥ (約30億トン) もの土砂が吹き飛び、その土砂によって現在の五色沼湖沼群が作られたそうです。実際目の当たりにしても、あまりのスケールの大きさにちょっと想像がつかないくらいです)
(ちなみに、この辺りを走っていた時が一番天候が悪く、一時はポツポツ小雨も降ってきて、雨合羽を取り出すくらいでした)
(幸い、雲が厚かったのは磐梯山周辺だけで、磐梯山から少し離れると天候が回復してきました。ただその雲のため、磐梯山をまったく目にできなかったのが残念です…)
(とはいえ、磐梯山以外にも美しいスポットは盛りだくさん。八方台登山口を超えるとゴールドラインの折り返し、この辺りはまだ紅葉が見ごろで美しい山並みを楽しむことができました!)
(いかにも晩秋、といった感じの景色)
(途中、遠方の山肌にとび滝、滑滝という滝を発見。木々が生い茂っているため十分に見ることは叶いませんでしたが、周囲に誰もいなかったため、結構な距離があるにもかかわらず、滝の流れ落ちる音がハッキリと聞こえてビックリです)
(滝が見える辺りから、ゴールドラインは曲がりくねったワインディングロードが続きます。その途中にある三湖台からは、猪苗代湖を一望することができました。こちらも残念ながら曇天のため絶景!! とはいかなかったものの、それでも高所から見る猪苗代湖は見ごたえ十分でした。またいつか、快晴の時に再訪するのを楽しみにしたいですね)
こうして一時は雨に降られてどうなることかと思いましたが、どうにかそこまで濡れることもなく、磐梯町駅付近まで下りてくることができました。
この時点で時刻はまだ13時半、まだ余裕もあることだし会津若松も見物しようと、ここからはのんびりと、散歩気分で国道49号線沿いの裏道を使って西に進みます。
(途中、案内板で「八田野一里塚」なるものを発見。これは江戸時代に会津藩が、日本松下街道を通る旅人のために整備した一里塚だそう。ここで江戸時代の旅人気分で、一里塚の上の木陰に腰を下ろしてしばし休憩です)
(一里塚で休憩しているうちに、気が付けば天気は回復。青空も見ることができるようになってきました)
(会津若松に到着後は、やっぱりまずはここだろう! と、会津若松城(鶴ヶ城)の見学に)
(3月にはかつての長州藩の中心地だった萩を見物してきましたが、会津藩は戊辰戦争の際、長州藩など官軍と対立し鶴ヶ城一帯も戦場となりました。下の写真は戊辰戦争後の鶴ヶ城。当時の天守閣は、明治7(1874)年に取り壊されてしまいましたようです。その後、昭和40(1965)年に天守閣が復元されて現在に至ります。なので当時とまったく同じ、というわけにはいきませんが、ここで写真を撮ったんだな、と、感慨にふけることしばし)
(天守閣最上階の展望台から。このようにすっかり天気は良くなりましたが、今回はさっぱり縁がないらしく、やはり磐梯山一帯は雲に隠れたままでした…)
(そして最後に全国でも珍しい養蚕守護の神社、「蚕養国神社」にお参りを)
(養蚕守護の神社らしく、奉納された額を見ると様々な製糸業の会社がお参りをしているようです)
(神社に着く頃には、だいぶ日も傾きはじめていました。夕日を眺めながら、今回の遠出は終了です)
と、いうわけで久しぶりの思い切った遠出となったわけですが、天気が良くなかったのは残念ですが、それでも美しい景色を堪能することができました!!
11月は全国的に紅葉シーズン、磐梯以外にも訪れたい場所はたくさんあるので、ドンドン暇を見つけては、方々に出かけて紅葉巡りを楽しみたいと思います~